大判例

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東京地方裁判所 昭和56年(特わ)246号 判決

本籍

東京都品川区戸越五丁目三七五番地

住居

同都港区南青山七丁目三番二号

南青山パークマンション一〇〇三号

会社役員

阿部雄二

昭和一八年七月二七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官久保裕出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年及び罰金六五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から五年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都新宿区西新宿二丁目一番一号新宿三井ビル内において、英会話独習教材の販売業などを営むかたわら昭和五三年五月から営利の目的をもつて継続して株式の売買を行なつていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、架空手数料等の架空経費を計上して簿外預金を蓄積するなどの方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和五二年分の実際総所得金額が八八五五万三八〇一円(別紙一修正損益計算書参照)あつたのにかかわらず、同五三年三月九日、同都品川区中延一丁目一番五号所在の所轄荏原税務署において、同税務署長に対し、同五二年分の総所得金額が二八九五万三九二四円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額を控除すると七二一万八八四五円の還付を受けることになる旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五六年押第七四三号の1)を提出し、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額三五三一万八〇〇〇円(別紙三ほ脱税額計算書参照)と右申告税額との差額四二五三万六八〇〇円を免れ、

第二  昭和五三年分の実際総所得金額が二億九五三三万一三五六円(別紙二修正損益計算書参照)あつたのにかかわらず、同五四年三月一四日、同都港区西麻布三丁目三番五号所在の所轄麻布税務署において、同税務署長に対し、同五三年分の総所得金額が五〇六八万三三四三円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額二四五四万五六四〇円を控除すると八三万七八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の3)を提出し、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額一億八一〇七万七三〇〇円(別紙三ほ脱税額計算書参照)と右申告税額との差額一億八〇二三万九五〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書四通

一  小野友一(二通)、三澤正和及び植田剛彦の検察官に対する各供述調書

一  麻布税務署長作成の証明書

一  検察官、弁護人及び被告人作成の合意書面

一  押収してある所得税確定申告書二袋(昭和五六年押第七四三号の1及び3)並びに所得税青色申告決算書二袋(同号の2及び4)

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては右改正後の所得税法二三八条一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があつたときにあたるから刑法六条、一〇条によりいずれについても軽い行為時法の刑によることとしいずれも所定の懲役と罰金を併科し、かつ各罪につき情状により所得税法二三八条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役二年及び罰金六五〇〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用し、この裁判確定の日から五年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

被告人は、多数のセールスマン(昭和五三年末当時で約四〇〇名、同五五年末には約七~八〇〇名)を組織して英会話教材の販売にあたらせ、この種業界で全国有数の売上実績を残しているもので、昭和五二年四月からは株式会社ヘイム・インターナシヨナルが製造するMESL(モダンイングリツシユセルフラーニング)と称する単一・特定の商品のみを扱い、実質的には、右会社の営業販売部門の総責任者的立場にあつたものであるところ、本件は、その被告人において、昭和五二年及び同五三年の両年分にわたり合計二億二千万円余りの所得税を免れたという事案である。ところで、被告人は、脱税の動機として、とくに右会社からの手数料報酬が固定給が全くないいわゆるフルコミツシヨン方式であることもあつて、同社の倒産や同社製品の売上が不振になつた時には直ちに部下のセールスマンの生活に影響がでてくることから、その際の転業やつなぎ資金を蓄積しようとしたことを強調している。しかし、他方被告人は、義兄の事業に多額の資金援助をしたり、危険性を伴う株式売買にも手を出しているのであつて、それ以前はともかく、本件各申告・脱税時にも右のような事情が差し迫つてあつたとは到底認められず、動機において格別斟酌すべきものがあつたとは認められない。また犯行の態様は、事業所得について、販売手数料収入の面では右会社との関係で収入除外できないことから、経理担当者等と相談のうえ、毎年の納税額をできるだけ源泉徴収税額の範囲内ですませようと企図し、また、八〇パーセント前後の経費率であれば脱税が発覚しないのではないかとの意図のもとに、右各限度一杯にまで各種経費の水増しや架空計上を行なつていたもので甚だ計画的といえる。そのほか、利子所得や雑所得は全く申告せず、とくに、昭和五三年分については課税要件を知悉していたにも拘らず一億円以上の株式売買益を申告しなかつたというものであり、免れた所得税額は前示の通りかなり高額で源泉徴収による納税を利益に考慮してもほ脱率は約八五パーセントと高率である。加えて、昭和五三年に税務調査を受け、経費に関し問題点を指摘されながら、架空経費の計上をやめるどころかさらに他の名目に仮装するなどして本件犯行を続けたものであつて、前記の犯行の態様と併せ考慮すれば、被告人の納税意識の稀薄さは甚だ顕著であり、以上の諸事情に鑑みると被告人の刑責はこの種事犯のなかでも、とくに重いといわなければならない。

しかしながら他方、被告人の業務の内容は前示のように大規模なもので、法人類似の実態をもつものというべきところ、被告人自らの選択とはいえ、これを個人事業として行なつたところにいささかの無理があつたことは否定できないこと、これまで手数料収入という性格もあつて源泉徴収という形である程度納税はしてきたこと、本件対象年分は、被告人のセールスマンに対する教育・足止め策等の投資ないし苦労が漸く結実し業績が急成長を遂げた時期にあたること、犯行後各年分について修正申告したうえ本税・重加算税等すべて完納していること、昭和五三年分の所得のなかには一億円余りの株式売買益が含まれているところ、犯行後のことではあるが、昭和五四年には同じ株式売買によつてかなりの損失を蒙つていること、その後法人組織(ヘイム興産)に改め、正しい記帳をしたうえで今後二度と脱税はしない旨誓つていて査察や捜査に際しても協力的で反省の態度が窺えること、暴力行為等処罰に関する法律違反で罰金刑に処せられた以外には前科・前歴がないことなど被告人に有利な事情も認められその他本件に顕われた一切の事情を総合考慮し、主文のとおり量刑する。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小瀬保郎 裁判官 久保真人 裁判官 川口政明)

別紙一

修正損益計算書

阿部雄一 No.1

自 昭和52年1月1日

至 昭和52年12月31日

〈省略〉

修正損益計算書

阿部雄二 No.2

自 昭和52年1月1日

至 昭和52年12月31日

〈省略〉

別紙二

修正損益計算書

阿部雄二 No.1

自 昭和53年1月1日

至 昭和53年12月31日

〈省略〉

修正損益計算書

阿部雄二 No.2

自 昭和53年1月1日

至 昭和53年12月31日

〈省略〉

別紙三

ほ脱税額計算書(昭和52年分、同53年分)

〈省略〉

(※1) 88,069,000×75%-14,240,000=51,811,750

(※2) 294,838,000×75%-14,240,000=206,888,500

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